積極的発言について


Hi Fujiです

僕はあまり宗教について詳しくないので、
カトリックの友人に聞いてみました。


「カトリックってどういうことなの?」

友人
「僕らは神を信じてるんだよ。」


「神か。僕は全く信じてないんだ。」

友人
「神を信じてない!?どうやって生きてるんだ!?何を信じて生きてるんだ!?」


「何を信じるって、、、強いて言えば、自分、かな?」

友人
「おぉー、自分を信じて生きるってすごいね!Fujiはメンタル強いからねー。でも神はいるんだよ。いつでも僕らを見守ってくれるんだよ」


「でもさ、戦争もあれば紛争もあって、いきなり病気になっちゃうこともあって、そういうのなんなの?そういうのも神がやってるの?」

友人
「それは試練なんだよ。神から与えられた試練で、乗り越えるためにあるんだよ」


「いやいやいや、乗り越えられない場合もあるでしょ。病気とか。戦争でもたくさん亡くなる人がいるし」

友人
「試練なんだよ。」


「いやいや、だから試練って言ってもちょうどいい乗り越えられるくらいの試練じゃないとダメでしょ!?」

友人
「そんなことは僕は神じゃないんだからわからない!!!」

少しケンカになりました。
宗教のことを突っ込んで聞くとケンカになりかねないので気をつけてください。

友人
「Fujiはめずらしすぎる。日本人でこんなに深く聞く人はいないよ。いい意味でアンビリーバボーだ」

ほんとにいい意味なのかはわからないですが、
僕は思ってること、疑問に感じてることは伝えないと何も生まれないと思っています。
特に宗教はよくわからないので、いろいろと友人からは新しい考え方を教わっています。
ちなみにこのあともパブでアイリッシュビールを飲みながら宗教についてずーっと話していました。

海外と日本の違いはけっこうここにあるかなと思います。
日本を出ると、みんなずばずば意見をいいます。
相手の顔色、空気なんて読まずにガンガンきます。

だからたくさんの議論が生まれて、それによってたくさんの新しい意見、アイデアが生まれて、
お互いをわかりあうことができます。

僕は議論するのが大好きなので、
こういう海外の雰囲気も好きですが、
日本はあんまりこういうムードはないですよね。

いい、悪いの話しではないです。
空気を読めることも時に必要だと思います。

でも全てを以心伝心できるわけではないです。
すべてを感じ取ることもできないです。

日本からの留学生が苦労しているのがこの部分です。
よく講師から
「もっと授業中に発言しなきゃだめだよ」
と言われる日本人が多いです。

これは発言できないのではなく、
波風立てずに大人しくしているのが普通とされる日本の雰囲気に慣れてしまっているだけだと思います。

留学に行く際は、「英語を学ぶぞ!」という気合に加えて
「自分の意見をどんどん言うぞ!」
という気持ちも持って臨んでほしいと思います。

ちなみに、僕が英語を勉強していた時は発言量を増やすために「No」と答えることを意識的に増やしていました。
なんでかというと相手の意見に「Yes」と答えてしまうと議論が終わってしまうんですよね。
「No」と答えると、「じゃあどう考えてるの?」という流れで議論が拡大していきます。
そこから一生懸命に頭をフル回転させて「こう考えている!」というのを発言していました。
僕はお金がなく短期間で英語を身につける必要があったので、無理やり議論、話す量を増やすように工夫していました。

英語は言語なので、発言量と上達度は比例すると思っています。

ただ行くだけではなく、どうやって英語を身につけるか。
自分なりの方法を考えて実行できたら、より実りのある留学になるんじゃないかと思います。

see you soon