文学界に名を刻む言葉を歌う芸術家、アイルランドの名詩人たち


アイルランドは世界的に有名な詩人を数多く排出しており、実は日本と所縁のある詩人もいたりします!今回はそんな詩人たちの魅力に迫っていきましょう。

目次:アイルランドの詩人別で選ぶ

  1. ウィリアム・B・イェイツ
  2. イザベラ・オーガスタ・グレゴリー
  3. オリヴァー・ゴールドスミス
  4. ジェイムズ・ジョイス

ウィリアム・B・イェイツ

ご紹介すべき一人目は「ウィリアム・B・イェイツ」(William Butler Yeats)です。アイルランドの詩人として真っ先に名前が上がる人物です。

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イェイツの略歴

19世紀から20世紀にかけて活躍したアイルランドの詩人、劇作家でイギリスの神秘主義秘密結社である、黄金の夜明け団「The Hermetic Order of the Golden Dawn」のメンバーの一人。

ダブリン郊外のサンディマウント出身で作風は幅広く、ロマン主義、神秘主義、モダニズムを吸収し、アイルランドの文芸復興を促す大きな役割を果たした人物で1923年には、その芸術性の高い格式で全国民の精神に表現を与えた天来の詩作に対してノーベル文学賞を受賞される程、国際的にも評価の高い詩人として有名です。

知られざるイェイツと日本の関係性

アイルランド国内でも1976年から発行されていた20ポンド紙幣に肖像が使用されていた過去があります。残念ながら現在はユーロになってしまいましたね。。実はイェイツは日本とも関係の深い詩人であり、当時から芥川龍之介などの文学者によって同時代の詩人・劇作家としていち早く翻訳、紹介されているのです。そして日本の能の影響も受けていると言われています。こんなところにも日本とアイルランドの繋がりがあったんですね。

イェイツの名言

最後に広く知られているイェイツの名言をご紹介します!

「幸福は道でも喜びでもなく、このことでもあのことでもなく、単に成長である。私達は成長している時こそ、幸福なのである。」

イザベラ・オーガスタ・グレゴリー

2人目として登場するのは、イザベラ・オーガスタ・グレゴリー(Lady Isabella Augusta Gregory)です。この方もアイルランドの詩人として広く知られています。

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グレゴリー夫人の略歴

おそらく、グレゴリー夫人と呼んだ方がピンとくる方が多いのではないでしょうか。アイルランドの劇作家・詩人でアイルランドのフォークロア収集にもあたった、ケルト文学復興運動の中心的人物です。フォークロア(folklore)とは古く伝わる風習・伝承などのように人づてに語り継がれて形成された伝説や物語を指す言葉です。

英国統治と密接なかかわりを持つ階層に生まれた彼女は、著作からも分かるように文化ナショナリズムに転向するのですが、それは彼女の存命中にアイルランドで起きた変化の多くを象徴するものでもあるのです。主にアイルランド文芸復興運動に努めたことで記憶している方が多いことでしょう。ゴールウェイ州クールパークにある彼女の家は、しばしば復興運動の立役者たちの会合場所として用いられました。また、アベイ座の役員としての彼女の初期の仕事は同劇場の発展にとって、少なくとも彼女の独創的な著作と同じくらい重要なものでした。

グレゴリー夫人の座右の銘

座右の銘はアリストテレスの「賢人のように考え、凡人のように語れ」前回の記事で取り上げた、イェイツらとともにアイルランド文芸座やアベイ座を設立し、両劇場向けに多数の作品を書き、アイルランド神話の物語を改作した多くの本を上梓しました。

オリヴァー・ゴールドスミス

続いてご紹介するのはオリヴァー・ゴールドスミス(Oliver Goldsmith)です。1730年にアイルランドで生を受けた詩人で小説家でもあり劇作家としても活躍しました。

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オリヴァーの略歴

アイルランドでも最難関の大学、トリニティ・カレッジ・ダブリンになんとか入学し無事卒業。父が牧師ということもあり、当時、聖職者の準備の一環であった医学を学ぶため、ヨーロッパ各地の大学に進学したものの修了できず仕舞い。その後1756年にロンドンに移住しました。生計をたてるため1760年から雑誌に随筆を寄稿し始めたところ、人気が出て、それを纏めたものを1762年に『世界の市民』という題名で出版しました。

1764年にはジョシュア・レノルズとサミュエル・ジョンソンが結成した「ザ・クラブ」の創立会員となり(のちの文学クラブ The Literary Club)、多くの長詩や喜劇作品を発表し、小説や詩のほかにも伝記も書いていましたが、最後まで貧しい生活だけは変わらなかったと言います。そして10年後の1774年にロンドンで死去しました。

オリヴァーの著書

主な著書には小説の『ウェイクフィールドの牧師』(The Vacar of Wakefield)、長編詩の『旅人』、詩集の『寒村行』(The Deserted Village)、喜劇『お人よし』と『負けるが勝ち』があります。特に『ウェイクフィールドの牧師』はドイツの文豪ゲーテに「小説の鑑」と言わしめるほど高い評価をされています。

ジェイムズ・ジョイス

そして最後に登場するのがアイルランドの文学を語る上で外せない小説家かつ詩人のジェイムズ・ジョイス

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ジョイスの圧倒的略歴

本名、ジェイムズ・オーガスティン・アロイジアス・ジョイスは、(James Augustine Aloysius Joyce 1882年2月2日 – 1941年1月13日)20世紀の最も重要な作家の1人と評価されるアイルランド出身の人物です。

ジョイスは青年期以降の生涯の大半をアイルランドではなく、ドイツやフランスで過ごしていますが、彼の遺したすべての小説の舞台やテーマの多くがアイルランドでの経験を基づき、ジョイスの持つ世界は完全に生まれ故郷であるダブリンに根差しています。

作品内には友人や同級生との学生時代のできごとや、家庭での生活が反映されています。したがって英語圏のあらゆる偉大なモダニストの中でも、最もコスモポリタン的であると同時に最もローカルな作家という特異な位置を占めていました。日本国内においても彼の著作は多くの人を虜にし、数知れぬ程の訳書や解説書が出版されるほどです。イェイツやグレゴリー夫人よりも知っている方も多いかもしれません。

ジェイスの著書

画期的な小説『ユリシーズ』(1922年)が最もよく知られていて、他の主要作品には短編集『ダブリン市民』(1914年)、『若き芸術家の肖像』(1916年)、『フィネガンズ・ウェイク』(1939年)などがあります。