違う国を知るということ


Hi Fujiです

ルームシェアメイトのブラジル人ロドリゴとご飯を食べながら
お互いの国について話していました。

話はひょんなことから政治について。


「日本は投票は20歳からできるけど、ブラジルはどうなの?」

ロドリゴ
「ブラジルは18歳からだよ。お酒もタバコも18歳からなんだ。」

ブラジルは日本よりも2歳早めに始まるそうです。


「日本は若者の投票率が低いことが問題になっているんだ」

ロドリゴ
「若いと政治にあまり興味ないもんねー。ブラジルでも若い人は政治に興味ないけど、行かないと罰金なんだよ」

なんと、ブラジルは投票に行かないと罰金になったり、いろいろとペナルティがあるそうです。
「なんと」とか言ってますが、全世界的にはどうなのでしょう。
投票に行かなくても何も起こらない日本のような国が多いのでしょうか。
それとも、投票に行くことを半強制的に実施している国のほうが多いのでしょうか。

個人的には、
政治に興味ない人が半強制的に行っても適当に投票してしまうのであんまり意味ないどころか、
適当に投票するせいでおかしな結果になってしまう可能性もあるので反対です。

国によっていろいろと違うものです。
いろんな違いの中で生活しているので、
国籍が違うと考え方も感じ方も大きく異なってきます。

違う国の人の価値観や考え方を知ると、
より日本を強く意識するようになります。

初めて自分の国を相対的に考えられるようになります。

僕の大学は理系の大学で、
理系の大学の人はあまり海外に行かない傾向にあります。
僕はがんがん行っていましたが、
友人から「日本もちゃんと知らないで海外行ってどうするんだ」と言われたことがあります。

海外に行ってから気付きましたが、
海外に出ることは、日本から離れているようで、実は逆に強く意識するようになります。

新しいことを知るとき、自国の経験と比較して「新しい」と感じています。
海外の新しさを知る度に、日本を意識しています。

日本だけにいて日本を知ることは、
悪く言えば、井の中の蛙のような状態じゃないかと思います。

簡単に言うと、
ハンバーガーしか食べたことがない人に、ハンバーガーが世界で一番おいしい、と勧められても説得力がないです。
いろんな料理を食べて、相対的に評価してきた人に、ハンバーガーが一番おいしい、と勧められれば、食ってみようか、という気になります。

いろんな国を見て、経験して、知った人から伝えられる日本の素晴らしさは、
日本のみを知っている人から伝えられるそれよりも心に響くはずだと思っています。

だからこそ、世界を知ることは楽しいです。
僕は20カ国ほど経験していますが、もっともっと行ったことがない国に行きたいです。
せっかく地球に生まれてきて、知らないままにしとくなんてもったいないことできないです。
いま一番行きたいところはスタン系(パキスタンとかウズベキスタンとか)の国に行ってみたいです。
ただ、なかなか怖くて実現できてないです。スタン系の国を制覇してみたいなあ、と思うんですけどねー。。。考えただけでドキドキします。

ちなみに、
僕がいろんな国を回っていたため、同じような友人が何人かいます。
そして、海外に行ったことがない友人もいます。

これは良い悪いの話ではないですが、
この両者の違いとして、
いろんな国を経験しようとする人は「地球に生まれた」と意識している人が多いです。
日本にいる人は「日本に生まれた」と意識する人が多いです。

あなたはどっち派ですか?

see you soon