留学は手段であり目的が必要


Hi Fujiです

タイトルにもある「留学は手段であり目的が必要」ということはしょっちゅう留学検討者の皆さんも耳にする、言われることだと思います。僕は、特に必要だとは思っていません。

留学をする際、親御さんや周りの友人などに相談する人が多いと思います。その際に今回のようなことを言われ悩んでしまう、もしくは否定される、もっと考えてから行ったほうがいい、そんなんで行っても無駄になる、などなど。

もちろん目的が明確だったほうがベターだとは思います。そう思いますが、そんな明確にわかりますか?英語ができない人が、英語を使っている自分をイメージできないのに、英語を能力として使って何かを成し遂げたことがなく、そのような漠然とした目的のためにこれから英語を身につけようとしている人が、明確にその後の目的をイメージできますか?できないでしょう。それは相当難しいことだし、英語ができるようになった際に見える景色はまったく違うもので、その時に抱くしてみたいことは英語を身につける前とはよく変わっているものです。

社会人であれ、学生であれ、何かしらでお金を稼ぎながら生きていると思います。1円単位で、事前に何に使うかを明確にして生きているのですか?そんな人はいません。お金はあったほうが好きなことができるから、特に考えもせずとりあえず働いているはずです。お金を手にすると、カフェに行きたくなったり、普段は買わない高めの服やカバンがほしくなったり、旅行に行きたくなったり、そういう感じじゃないですか?

3億円がないのに宝くじで3億当たったらどうしようかなーって、誰しも1度は話したことがあるんじゃないかなと思うんですが、使い切れます?僕は到底使い方がわからない。でもね、実際に3億当たってしまったら、そのときにしたいこと、というよりもできることが目の前にはごろごろしていることを認識して使ってしまうもの。

なので、成し遂げたい未来のその後を明確にイメージするのはとても難しいこと。そして、何回も言うけど、できたほうがいい。ただ、そんなこと考えずにまずはその成し遂げたい英語を身につけに行ってみたらいいじゃないか。頑張って英語を身につけたあとにできること、見える世界というのは今イメージできるようなものじゃない。そのときに「これだけ英語が話せるなら、あれしてみたいな、これに挑戦してみたいな」みたいになってくるよ。

目標という山に登ってもいないのに、その向こう側は見えない。まず登りきれよ!そしたら、また、「あ、あっちにもめっちゃ高い山があったのか」気づくよ。それを止めようとする人は、大抵、自分が成し遂げることができなかったから勧めることができないだけ。

自分信じようよ。自分なら登りきれる。自分なら次の山に移れる。そう信じて進むこと以外にできることなんて何もないでしょ。

see you soon